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2008年12月

2008.12.30

テレビっちゃってるぞー!

やっぱ、アポロは月に行ってるんじゃないかなー

ウインクだよ! ウインク!
さっちんだよ、相田翔子だよ。

鈴木慶一は出るのかナー

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テレビ三昧。

たけしの番組凄かった。
さすがツービートだった。実に面白かった。感激した。
オールナイトニッポンを聞いて育った僕らは、やっぱり、たけしが好きなんだ。

サイレントヒルは怖かった。

「阿修羅城の瞳」は、
すごい配役で、すごい映画だった。
全編に、漂う“特撮風味”が香ばしかった。
宮沢りえが鬼となり
染五郎が暴れまくる。
敵役には渡部篤郎(おでこが美しい!)。
染五郎必要以上の熱演が光る怪作。

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2008.12.25

ベイブリッジ

ベイブリッジ
お台場

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チェリオ

チェリオ
懐かしい。チェリオ。高校時代は、サンチェーンの隣のマルジュウでチェリオ三昧だったよね。俺らはチェリオで造られたようなもんすよ。あとコロッケパン。

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2008.12.10

ネバーマインドって17年前なんだね


ニルヴァーナといえば、ネバーマインド。
もう、17年前なのです。

こんなの見つけました。

ジャケットモデルになったスペンサー・エルデンくん(17)が、
同じプールで、同じポーズをとったとか。

「僕のあそこを世界中の人が見てるんだなんて、超クールだよ。なんだか世界一有名なポルノ・スターにでもなった気分さ」とエルデンくん、だそうです。

クールだ。


Nirvana


Nirvana_never


話は代わりますが、
実に、自主的に
利きジャケの里という投稿コーナーをやってます。
是非、
ご参加くださると…………幸いです。

http://vinvin.jp/


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2008.12.01

【ヒプノシス】トークショー・レポートです

先日のこと。
ヒプノシスのメンバー、
オーブリー・パウエルのサイン会に行ってきたのは、
前述した通りです。

Pb180597


その際、トークショーが行われました。
メモってきたので、ご報告します。

少々、長くなりますが…………。

まずは、「ヒプノシス」について、おさらいからはじめましょう。

ヒプノシスとは、
1968年に結成されたイギリスのデザイン・グループです。
ストーム・ソーガソンさん(中心人物のひとり)、
オーブリー・パウエルさん(今回、来日したおじさん)、
ピーター・クリストファーソン(後期ヒプノシスのメンバー)。
1970年代を中心にピンク・フロイド、ジェネシス、レッド・ツェッペリンと言った数々のアーティストのアルバム・ジャケットを手掛けたひとたちです。

以下、
渋谷。タワーレコードで行われたトークショーです。
今回は、ザ・フーのライブにおいて、
流す映像を作った関係で、来日したオーブリーおじさん。

総勢、100人ぐらいはいたのでしょうか?
7階の本屋さんエリアで、行われました。
マニアっぽいおじさん連中も、もちろん多かったですが、
若い女の子や、
外人さんなんかも見受けました。一言でいえば、
オーブリーさんは、“いい人”でした。

しかしながら、自著「利きジャケ」を、突きつける勇気は、
さすがになかったです。

ってなわけで、
オーブリーおじさんの「ちょっといい話」を、…………どうぞ!

@@@@@@@@@@@@

Photo_13


●成功に関する三つの秘訣とは……

「よく聞かれることに、
 ボクらの“成功の秘訣”がある。それは三つあると、ボクは答える。
 まず第一に、誰を知っているか……だ。
 そして、つぎにほんの少しの才能、
 最後にコトが起きるときにその場にいること。
 その三つが重要なんだよ」

「当時、ボクらは、ランダムハウス(出版社)で、
 絵本の装丁なんかをやっていたんだ。
 たまたまピンクフロイドの連中が、アルバムジャケットのデザインを、
 やらないか……と言ってくれたんだ。
 ボクらは、彼らを知っていた。
 それがつまり、第一の成功の秘訣だったのさ」
 
「ストームと、ボクと、ピンクフロイドのシド・バレットは、
 同じ学校の同級生だったんだ。
 ボクは写真の勉強をしていた。
 ストームは映画の勉強をしていた。
 ボクらは、シュールレアリズムが好きで、
 ともにマン・レイやら、マグリットが好きだったんだ。
 それはいまでも、ボクらのバックボーンになっていると思うよ。
 僕とストームが組むことで、実にうまくいったのさ。
 ……僕らには、ほんの少しの才能があったというわけ。
 これが第二の成功の秘訣」

「当時、ボクらが住んでいたサウスケンジントンのアパートには、
 ピンクフロイドや、ドノヴァン(吟遊詩人)やら、
 たくさんのアーティストが 集まってきてた。
 1967年頃からはじまり、
 1970年代に全世界を席巻したサイケデリックムーブメント。
 僕らヒプノシスは、
 サイケデリック革命の、まさに渦の真ん中にいたんだよ。
 そう、
 コトが起きるときに、ボクらはその場にいたってわけさ。
 つまり、これが第三の成功の秘訣……ってことだね」


● デザイン集団「ヒプノシス」について

「ボクら三人が中心人物ではあったけど、
 最多で言えば、
 スタッフも含めて、20人ぐらいいたときがあった」


「ストームがアイデアを出して、ボク(オーブリー)が写真を撮る。
 それがボクらの役割だった。
 週に一回、朝の四時ぐらいまで、
 たくさんのアイデアを出し合うんだぜ。
 ヒプノシスの作品は、
 バンドに合わせて……というよりも、
 自分たちのオリジナルイメージが、まず、ありきなんだ。
 だから、たくさんのイメージを出すのさ」


「イメージを実践することは、すごくワクワクすることだ」


「ユーモアが大事。見た人が、
 色んなイメージをそれぞれ持ってもらうのがいい。
 まずは、見る人をびっくりさせたいんだ」



● スコーピオンズの「Love Drive」のジャケについて。
 どうやって撮ったの? 写真? CG?


Scorpions_lovedrive78_4


 「写真だよ。本物にチューインガムをつけて撮ったのさ(笑)
  誰だって、男なら、ああいう欲望があるはずだろ?」


● ポール・マッカートニーとの仕事


Bandontherun_4


 「最初、ポールから話があったとき、
  ボクらは、びっくりしたし、実に喜んだ。
  だって、あのビートルズだぜ! 
  ポールは……、なんというか…………
  “アイデアマン”さ。自分で、アイデアをいろいろ出してくる。
  ウイングスのBand On The Run。
  あれがポールとの最初の仕事さ。アイデアはポールが出した。
  それをまとめ上げたのはボクだけど、
  実は、写真はボクが撮ってはいないんだ。
  でも、あれはいい作品だった。
  それで気に入られて11年間、一緒に仕事をした。
  で、
  最後は……………………殴り合いの喧嘩をして別れたんだけどね(笑)。
  London Townのジャケ写はボクが撮ったものだけど、
  正直出来は良くないよ(苦笑)
  だけど、誰だって、すべてが完璧じゃない。
  自分の作品で、今見るとちょっと恥ずかしいモノってない?(笑)。
  誰だって、そういう経験あるだろ?
  そうして、人は学習していくのさ(笑)」

● 原子心母のジャケを牛にした理由


Jpg


 
 「あれはタイトルだけをピンクフロイドから言われて、
  音も聞かずに12枚ほど候補を出したんだ。
  たまたま、ボクが撮っていた牛の写真があって、
  メンバーが、“これだ!”と言う事になって決まったんだ。
  レコード会社からは、ずいぶん眉をひそめられたね。
  だって、アルバムなのに、タイトルもなにもない、
  牛だけだからね(笑)」


●パンクについて

 「1976年、実はヒプノシスのスタジオがあったすぐ裏に、
  マルコムマクラーレンの事務所があったんだ。
  当時、セックスピストルズの連中なんかが出入りするようになっていた。
  最初は良い子たちだと思っていたんだが、
  次第にツバを吐いたり問題を起こし始めた。
  そんな中
  ジョニーロットンが着てたTシャツに、とある文字が書いてあったんだ。
  ……I hate pink floyd(ピンクフロイドなんて大嫌い!)。
  まいったね(笑)」

Photo

●もうひとりのメンバー。ピーター・クリストファーソンについて
  
  いまでも仲がいいよ。
  彼は、アナーキストなのさ(笑)。
  後期ヒプノシスのメンバーとしても、
  サイキックTVのメンバーとしても、彼の活躍は素晴らしい。
  じつは、今回の写真集にも何か書いてくれと依頼したんだが
 「俺はそんなことできない」と言われたんだ。彼らしいよ。
  なんてったって、アナーキストだからね(笑)」


● 今後のアルバムジャケット文化について。
そして、若い世代へのメッセージ。

「ボクは、20年後が楽しみなんだ。本当にわくわくするよ。
 果たして……、
 かつて、ボクらが経験したような、
 アルバムジャケットのムーブメントが、
 これから、またおこるとは確かに思わない。
 アルバムジャケットの役割は、今後、どんどん変わっていくだろう。
 デザインワークに関しては、激動の時代が来るだろう。
 けれども、
 “ビジュアルイメージ”というものと、
 “音楽”は、ともに歩んできた。
 それは音楽にとって重要なモノだったし、
 これからも重要であることは変わらないと思う。
 今後、音楽と、どのような関連性をもっていくか……
 それは“君たち”若い世代にかかっている。
 がんばってくれたまえ。
 20年後が、…………本当に楽しみだよ(笑)」



● 写真集にサインをもらったとき。
  to vincent って書いてもらったとき……。


「おぉ! ヴィンセント!
 ヴィンセント・ヴァン・ゴッホかい?!」

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サンキュー!

オーブリーおじさん。
実に……職人的な方でした。

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